少し春めいたりする日も出てきました。
もう、そこまで春はきてくれています。
心地よい季節を想像して。
そうやってヒトは希望を見つけながらだから生きていけるのかもしれません。
今月は、お正月に読んでいた本をシェアします。
『パンの文化史』 舟田詠子著
(本より抜粋)
パンは何を意味してきたのだろうか。
パンの歴史をふりかえると、パンは第一に生きることを意味していた。
古代には『パン食い人』と呼ばれたエジプト人は、今、日常のパンをアエーシ・バラデイ『私たちの命』と言いあらわす。
パンは命を支えるものだからである。
このように先人が教えてくれたことは
『私』だけが生きることではなく、
私たちみんなが生きること。
パンを分かち合うことである。
『パンをともにする』という言葉から
companyやcompanionという言葉がうまれた。
パンを分かち合う仲間が、共同体なのである。
貧者を憐れんでパンをほどこすのではなく、分け合うことなのである。
パンの歴史は、ムギをいかに食べられるものに加工するかにはじまり、より多く、よりおいしく、を目指してきた軌跡であるが、通り過ぎた時代から見えてくるのは、そればかりではない。
いかに社会にパンをくまなくいきわたらせるか、という配分の問題がある。
地球の半分ではあり余るパンをそまつにし、他の半分では餓死していく人びとが、この今の瞬間にもあとを絶たない、という矛盾。
先進国の課題は、まさにこの解決であろう。食糧危機の解決策は、農業生産性の問題ではなく、世界中の穀物を平等に配分しようとする精神の問題である。
『冬の夜に』
冬の夜に
いくつものパンが育つのです。
小麦が若々しい緑の芽をふくのは
雪の下なのですから。
春になって
お日様が笑顔を見せて初めて
きみは気がつくのです
冬が為した良い行いを。
だから この世が
侘びしく、空しいものに思われても
だから この世が
厳しく、辛いものに思われても
静かに、そして
変化に耳を澄ませるのです。
冬の夜に
いくつものパンが育つのですから。
厳寒に耐えて育つムギが、やがてパンとなることにたとえて、試練に耐えて生きる人に慰めと希望をあたえる詩である。 F・Wヴェーバー#フリードリッヒヴィルヘルムヴェーバー#小谷一夫著
分け合うこと。分かち合うことは、
助け合うことでもあり、
赦し合うことでもあるんだろうなぁー。
イルチエロも生産者さんたちと、仲間たちと
お互いに与え合える、支え合える関係を作りたい。
いろんな方とも関わりながら知る
自分(ヒト)の持つ不思議な心の心情(不安、怒り、欲、慈愛の心、優しさ、嬉しさ)は、
学ぶ為に用意されたのかもしれませんね。
(毎日が学びだと考えると、違う視点で自分を見れるかもしれません。)
不安や怒りを如何にして抑えられるのか?
楽しみや満足感をどのように見つけていくのか?を考えながら探していける学びにもしていきたいなぁ。
人生一度きり。
悔いのないように、精一杯悩みながらでも楽しみながら生きたいなぁ〜(笑)
笑顔が増えていく世の中になりますように。
そんなことを考えながら、天然酵母パンと向き合う毎日です。
パンというものを
あらためて考える時間にもなりました、
イルチエロにも置いておきますので、良かったら読んでみてくださいませ。
3月は、4月からの始まりの前に
準備していく時間も持ちながら
1日1日を大事に過ごして生きたいです。
今月もどうぞ宜しくお願い致します。
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